Roots & Water
根は、どうして下へ伸びるの?
鉢を倒したまま何日か置いてしまったとき、根の先が向きを変えて、また下へ伸び直していた——そんな場面を見たことがある人は多いと思います。
根はどうして下へ伸びられるの? 根の先で重力を感じ、曲がるまでの流れを、研究をもとにやさしく説明します。
種をどんな向きで蒔いても、根は下へ、芽は上へ向かいます。では、根はどうやって「下」がどちらかを知るのでしょうか。この記事では、根が重力の向きを感じて曲がる仕組みを、実際の研究論文をたどりながら順番に見ていきます。
先に断っておくと、ここで紹介する研究の多くは、シロイヌナズナ(学名 Arabidopsis thaliana)という実験用の小さな植物の、主根(最初に出る太い根)を使ったものです。塊根植物や多肉植物、アガベで同じことが直接確かめられたわけではありません。そこは正直に区別しながら進めます。
重力に向かって曲がることを「屈性」という
植物が、ある方向からの刺激に応じて曲がる性質を「屈性(くっせい、tropism)」と呼びます。光のほうへ曲がるなら光屈性、重力に反応するなら重力屈性(gravitropism)です。
重力屈性には向きがあります。
- 根のように、重力の向き(下)へ伸びる反応を「正の重力屈性」といいます
- 茎や芽のように、重力と逆(上)へ伸びる反応を「負の重力屈性」といいます
屈性は、刺激の来る方向によって曲がる向きが決まります。これは、刺激の方向とは関係なく決まった動きをする「傾性(けいせい、nastic movement)」とは別のものです。たとえば、花が朝に開いて夕方に閉じるような動きは傾性で、重力屈性とは仕組みが違います。
ここでは、根が下へ曲がる「正の重力屈性」だけを主役にします。
根の先端が重力を感じる
根のどこが重力を感じているのでしょうか。研究が指し示すのは、根の一番先にある「根冠(こんかん、root cap)」という帽子のような部分です。
その根冠の中心に、コルメラ細胞(columella cells)と呼ばれる細胞が並んでいます。この細胞が、重力を感じる主な場所だと考えられています(Morita & Tasaka 2004)。
なぜそう言えるのでしょうか。強い証拠のひとつが、レーザーで細胞を狙って壊す実験です。コルメラ細胞をレーザーで取り除くと、根が下へ曲がる反応が大きく弱まりました(Blancaflor et al. 1998)。感じる場所を壊すと反応が鈍る、という分かりやすい結果です。
では、細胞は何を使って「下」を知るのでしょうか。ここで登場するのが、細胞の中に入っている重たい粒です。
コルメラ細胞の中には、デンプンをたくさん詰め込んだ袋のような小さな器官があります。これを「アミロプラスト(amyloplast)」といいます。アミロプラストは周りの液より重いので、重力に引かれて細胞の底のほうへ沈みます。
この「重い粒が下に沈むことで、下の向きを知る」という考え方を、平衡石仮説(statolith hypothesis)と呼びます。沈む粒(平衡石=statolith)の役をアミロプラストが果たす、という見立てです。魚が体の傾きを感じるときに使う耳の中の重い石と、はたらきが似ているのでこの名がついています。
この仮説を支える証拠もあります。デンプンをうまく作れず、アミロプラストがほとんど沈まない変異体(starchless mutant、たとえば pgm 変異体)では、根の重力屈性が弱くなることが報告されています(Teplicki et al. 2000)。
ただし、ここは慎重に読みたいところです。デンプンの少ない株でも重力屈性が完全に消えるわけではなく、弱くなるにとどまります。つまり「アミロプラストの沈降が感知を助けている」ことは強く支持されますが、「沈降がすべて」と言い切れる結果ではありません。
根の中で沈んだ粒は、どう合図に変わる?
重い粒が沈みます。その次に、細胞はどうやって「下はこっちだ」という情報に変えているのでしょうか。実は、ここがこの分野で最もはっきりしていない部分です。
粒が細胞の底に触れる、あるいは押します。その物理的な出来事が、化学的な信号に変換されるはずですが、その変換の入り口がまだ十分に分かっていません。複数のまとめ論文(レビュー)が、平衡石の沈降を生化学的な信号に変える段階は今も完全には理解されていない、とはっきり書いています(Toyota et al. 2016)。
早い段階で起きる変化として、いくつかの候補は報告されています。
- 刺激を与えた後、コルメラ細胞の中の酸性・アルカリ性の度合い(pH)が早い時期に変わること(Boonsirichai et al. 2003)
- カルシウムの動きが関わる可能性
ただし、これらは「早い段階で起きる、関わっていそうな出来事」として扱うのが正確です。pHやカルシウムが感知の最終的な答えだと確定したわけではありません。この記事でも、そこは仮説の段階として区別しておきます。
まとめると、この章の状態はこうです。
- 確からしいこと:コルメラ細胞が感じる場所であること、アミロプラストの沈降がそれを助けること
- まだ分からないこと:沈降がどうやって化学信号に切り替わるか、その最初の一歩
オーキシンの片寄りが根を曲げる
感知の先で主役になるのが、植物の成長を調節する物質「オーキシン(auxin)」です。
古くからある考え方に、コロドニー=ウェント説(Cholodny-Went model)があります。ざっくり言えば「刺激を受けると、オーキシンが片側に多く集まり、その濃さの差が曲がりを生む」という枠組みです。
近年のライブイメージング(生きたまま観察する技術)は、この古典的な考え方を確かめつつ、より動きのあるものへと描き直しています。根に重力刺激を与えると、根が曲がり始める前に、オーキシンが一時的に下側へ片寄る濃さの差ができることが観察されました(Hashimoto et al. 2012)。この研究は、オーキシンの片寄りが「静かに固定された左右差」ではなく、「一時的で、細かく調節される流れ」であることを示しています。
このオーキシンの流れの向きを決めているのが、細胞から外へオーキシンを送り出すタンパク質「PIN」です。重力刺激を受けると、コルメラ細胞の中で PIN3・PIN7 というタンパク質の位置が変わり、オーキシンが流れる向きを下側へ切り替えるのを助けます(Friml et al. 2002)。
さらに、外へ出す係だけでなく、細胞へ取り込む係も関わります。オーキシンを取り込む AUX1 というタンパク質が、送り出す係と協力して、オーキシンの片寄りをうまく作ることが報告されています(Rashotte et al. 1998)。
感じる場所と曲がる場所は離れている
ここで見落としやすい点があります。重力を感じる場所と、実際に曲がる場所は、同じではありません。
感じるのは根の先端の根冠ですが、曲がりが起きるのはそこより少し後ろの「伸長帯(しんちょうたい、elongation zone)」という、細胞が伸びて根を長くしている領域です(Morita & Tasaka 2004、Toyota & Gilroy 2015)。
つまり、こういう流れになります。
- 先端の根冠で重力を感じます
- オーキシンが下側へ片寄って運ばれます
- 少し後ろの伸長帯で、上側と下側の細胞の伸び方に差ができます
- 下側があまり伸びず、上側がよく伸びることで、根全体が下へ曲がります
面白いのは、オーキシンが根に与える影響です。オーキシンは、ある濃さまでは伸びを促しますが、濃すぎるとかえって伸びを抑えることがあります。根では、下側に集まったオーキシンが下側の伸びを抑える向きにはたらき、その結果として下へ曲がると説明されることが多いです。ただしこの濃さと伸びの関係は単純な比例ではなく、状況によって変わる点に注意したいところです。
栽培で見えることと、まだ分からないこと
ここまでの流れは、あなたが鉢で見ている光景と、ゆるやかに重なります。
鉢を横に倒して置いておくと、しばらくして根の先が向きを変え、また下へ伸び直します。挿し木した枝から出た根が、土の中で下方向をたどっていきます。これらは、根が重力の向きを感じ取っている様子として観察できます。
ただし、ここから先は慎重に線を引きたいところです。
第一に、この記事で紹介した仕組みの多くは、シロイヌナズナの主根で調べられたものです。塊根植物、多肉植物、アガベで同じ分子の仕組みが直接確かめられた、という報告はこの調査では見つかっていません。近い仕組みが働いている可能性はあっても、それは「推測」であって「確認」ではありません。
第二に、同じ植物の中でも器官によって仕組みが違うことがあります。たとえば、主根から枝分かれする側根(lateral root)では、あるシロイヌナズナの研究で、根冠のコルメラに PIN3 が見られなかったと報告されています(Witzel et al. 2019)。主根で分かったことを、そのまま側根や茎、まして別の植物へ当てはめるのは危ういといえます。
第三に、仕組みを知ったからといって「鉢を傾ければ発根が促される」といった実践の断定にはつながりません。それはこの記事の根拠が支えている話ではありません。傾けたときに根がどう向きを変えるかを観察する、という楽しみ方にとどめておきたいところです。
観察と仕組みの対応は、あくまで「そう見える」という仮説として持っておくのがちょうどいいでしょう。あなたの株で次に見るべきなのは、鉢の向きを変えたあと、根の先端が何日かけてどう向き直っていくか、という時間の経過そのものです。
出典の限界と、分かっていないこと
最後に、この記事がどこまでを根拠にしているかを整理しておきます。
- 主に確からしいこと:根の重力を感じる主な場所は根冠のコルメラ細胞であること、感じる場所(根冠)と曲がる場所(伸長帯)が離れていること、オーキシンの片寄りとPIN・AUX1などの輸送タンパク質が屈曲に深く関わること。これらは複数の一次資料で支持されています。
- 支持はされるが決着していないこと:アミロプラストの沈降が感知を助けること。沈降が弱い変異体でも反応は残るため、「沈降がすべて」とは言えません。
- まだ分かっていないこと:アミロプラストの沈降が、どうやって最初の化学信号に変わるか。この入り口はレビュー論文自身が未解明と認めています。
- この記事で確認できなかったこと:塊根植物・多肉植物・アガベで、同じ分子の仕組みが直接検証された例。見つかっていないので「未確認」と扱います。
分かっていることと、分かっていないことの境目を持ったまま自分の株を見ると、観察はもっと面白くなります。教科書が一本の矢印でつなぐところに、実際にはまだ埋まっていない隙間があることを、覚えておいてください。
主な用語
- 屈性(tropism):刺激の来る方向によって曲がる向きが決まる反応。
- 重力屈性(gravitropism):重力に反応して曲がる屈性。根は下へ(正)、茎は上へ(負)。
- 根冠(root cap):根の先端をおおう帽子のような部分。
- コルメラ細胞(columella cells):根冠の中心にあり、重力を感じる主な場所とされる細胞。
- アミロプラスト(amyloplast):デンプンを詰めた重い粒。沈むことで重力の向きを知る役(平衡石)を担うと考えられています。
- オーキシン(auxin):植物の成長を調節する物質。片寄ることで屈曲を生みます。
- PIN/AUX1:オーキシンを送り出す・取り込む係のタンパク質。オーキシンの流れる向きを決めます。
参考にした一次資料
- Blancaflor et al. 1998(根冠のレーザー除去と重力屈性)
- Morita & Tasaka 2004(重力屈性のレビュー)
- Teplicki et al. 2000(デンプン欠損変異体での重力屈性)
- Boonsirichai et al. 2003(初期のpH変化)
- Toyota & Gilroy 2015、Toyota et al. 2016(感知と応答の分離、未解明点のレビュー)
- Hashimoto et al. 2012(一時的なオーキシンの片寄りの観察)
- Friml et al. 2002(PIN3の位置変化)
- Rashotte et al. 1998(AUX1の役割)
- Witzel et al. 2019(側根と主根の違い)
Sources — 参考文献・原典
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※リンク先で、研究の対象や条件を確かめられます。研究結果をすべての植物や状況に当てはめられるとは限りません。
