Roots & Water

根は、土が乾いたことをどう伝えるの?

· 最終更新日 2026/7/29

土が乾くと、多くの植物は葉の表面にある小さな穴を閉じます。この穴は水蒸気と二酸化炭素が出入りする通り道で、気孔(きこう)と呼ばれます。

土が乾くと、葉の気孔が閉じるのはなぜ? 根と葉のあいだで伝わる合図、アブシジン酸(ABA)の働きを、分かっていることと研究中のことに分けて紹介します。

不思議なのは、乾いているのは根のまわりの土なのに、閉じるのは離れた場所にある葉の穴だという点です。根と葉の間には、どんな連絡が走っているのでしょうか。

この記事では、「根が乾きを感じ取って、ある物質を葉に送る」という長く語られてきた説明を、一次資料にさかのぼって読みます。そのうえで、その説明がどこまで確かで、どこが後の研究で見直されたのかを分けて整理します。

まず、根と葉のあいだを動く合図を知ろう

話に出てくる言葉を、先に普通の言葉で説明しておきます。

この記事で追う筋書きは、ざっくり言うとこうです。土が乾く → 根が反応する → ABA が木部を上って葉に届く → 孔辺細胞が縮んで気孔が閉じる。

この筋書きは教科書でもよく見かけます。ただ、後で見るように、実際には「根が全部を仕切っている」ほど単純ではないことが分かってきています。

ABAが気孔を閉じる、という出発点

ABA が気孔閉鎖に関わるという考えの、初期の一次資料のひとつが、1969年に Nature 誌に出た Mittelheuser と van Steveninck の報告です。切り離した葉に ABA を与えると、気孔が閉じて水蒸気の放出(蒸散)が抑えられたことを示しました。

ここで確かなのは、「ABA という物質が気孔閉鎖と結びついている」という点です。これは、その後の研究でも繰り返し確かめられてきた土台になっています。

一方で、この初期の実験だけでは分からないこともあります。たとえば「その ABA がどこで作られたのか」「乾いた根から本当に送られてくるのか」までは、切り離した葉に外から ABA を与える実験では答えられません。この区別は、後の議論を読むうえで大事になります。

根から葉へ合図が届く、と考えられた実験

「根が乾きを感じてABAを送る」という考えは、根シグナル説と呼ばれてきました。この説を支えたとされる実験には、いくつかの型があります。ここでは一次資料や総説で整理されている範囲を要約します。

ひとつは、乾いた土から採れる木部の液を調べる方法です。乾燥した植物の木部の液には ABA が多く含まれることが報告され、その ABA が葉に届いて気孔を閉じる、という解釈がなされました。

このとき注目されたのが、木部の液の酸性・アルカリ性の度合い、つまり pH です。乾燥すると木部の液の pH が上がる(アルカリ寄りになる)ことがあり、それによって ABA が孔辺細胞で使われやすい形に配分される、という考え方が複数の研究や総説で整理されてきました。pH の変化が、ABA の「配られ方」に影響しうるという筋書きです。

ただし、木部の液を採る方法そのものに注意が必要です。木部の液の pH や ABA の量を測る研究では、加圧して液をしぼり出す方法(圧力チャンバー由来のサンプル)や、組織を切ったサンプルが使われます。この採り方によって、測った値の意味が変わりうることが一次資料でも指摘されています。つまり「木部の液に ABA がこれだけあった」という数字を、そのまま生きた植物の中の状態と同じだと決めつけることはできません。

さらに、乾燥ストレスへの応答は ABA だけでは説明しきれない、という指摘もあります。ワタを使った乾燥実験を扱った研究では、葉の ABA の増え方、葉の水ポテンシャル、そして細胞のすきま(アポプラスト)にある ABA など、複数の要素の時間的な関係が問題になりました。「根が乾きを感じて ABA を送る」だけでは足りず、葉そのものの水の状態も同時に効いている可能性が出てきます。

ABAはどこで作られるのか

根シグナル説のいちばんの前提は、「ABA は主に根で作られて葉へ送られる」という点でした。近年の研究は、この前提そのものを問い直しています。

手がかりになったのが、接ぎ木(つぎき)と変異体を組み合わせた実験です。接ぎ木では、根の側(台木/だいぎ)と葉の側(穂木/ほぎ)を別々の性質の株から組み合わせられます。たとえば、ABA をうまく作れない変異体の根に、ふつうの葉をつなぐ、といった組み合わせです。こうすると、ABA が根で作られて上ってくることが本当に必要なのかを切り分けられます。

トマトの接ぎ木を使った研究では、根や台木の違いが、ABA の状態や蒸散、気孔の反応に影響することが示されています。ただしこの結果は、根だけが ABA の供給源だと単純に結論づけるものではありません。葉の側で ABA が作られたり、感じ取られたりする働きも合わせて効いていることを示唆します。

また、根から葉へ向かう別の種類の信号も見つかっています。2018年に Nature 誌で報告された研究では、CLE25 と呼ばれるペプチド(小さなタンパク質のかけら)が、根から維管束を通って葉へ移動し、葉での ABA 合成や気孔の制御に関わることが示されました。ここで大事なのは、「根から上ってくるのは ABA そのものとは限らない」という点です。根が出すのは別の合図で、その合図を受けて葉の側が ABA を作る、という筋書きもありうるわけです。

これらをまとめると、次のようになります。

つまり、この分野は「根シグナル説が完全に間違い」でも「完全に正しい」でもなく、今も論点が動いている状態だと読むのが安全です。

木部を上る流れと、孔辺細胞での応答

ここでは、ABA が葉に届いた後、気孔が閉じるまでの下流の過程を、確かめられている範囲で整理します。

孔辺細胞で ABA が働くと、細胞の中からイオン(塩の成分のような荷電した粒子)が出ていきます。イオンが減ると、細胞が水を保つ力が弱まり、細胞のふくらみ(膨圧/ぼうあつ)が下がります。ふくらんでいた孔辺細胞がしぼむと、間の穴が閉じます。

この過程には、活性酸素の一種である過酸化水素(H₂O₂)や、細胞内のカルシウム(Ca²⁺)の変化が関わることが、一次論文で示されています。2000年前後の研究では、ABA が孔辺細胞で H₂O₂ や Ca²⁺ を介して閉鎖を引き起こす経路が報告されました。

この「受け取ってから閉じるまで」の大まかな流れは、比較的よく確立していると考えられています。ただし、個々の部品がどれくらい効いているか、植物の種類によってどう違うかについては、まだ議論の余地が残ります。全体像は合意されつつも、細部は「議論中」の部分がある、という読み方が適切です。

多肉植物の栽培に当てはめる前に

ここからは、ここまでの一次資料の要約とは切り離した、当メディアの仮説的な考察です。以下は未検証の推論であり、事実として扱わないでください。

これまで紹介した実験の多くは、シロイヌナズナ、トマト、トウモロコシ、ワタといったモデル植物で行われたものです。アガベや塊根(コーデックス)、多くのCAM植物で、同じ仕組みがそのまま働くと直接示した研究は、確認できた範囲では乏しいと考えられます。

そのうえで、栽培との関わりを考えるときのポイントを、あくまで問いの形で挙げておきます。

これらは仮説であって、特定の属や種で確かめられた事実ではありません。灌水の間隔や量を「何日おきに何ml」と決める根拠にはなりません。自分の株を観察するときの、問いの持ち方の一つとして受け取ってください。

なお、ABAやその関連の薬剤・試薬を株に使うことは、この記事では勧めません。安全性や取り扱いについては、原典と公的な情報を確認してください。

この記事の限界と、原典に当たるためのメモ

最後に、この記事で示せたことと示せなかったことを整理します。

確かに言えるのは、ABA が気孔閉鎖に関わること、そして「根だけが ABA を作って送る」という古典的な単純モデルが、後の研究で見直されていることです。示せていないのは、アガベやCAM植物での直接の証拠であり、また木部の液の測定値をそのまま生体内の状態とみなしてよいかどうかも、採取法しだいで解釈が変わります。

原典に当たるときの注意を、いくつか挙げておきます。

参照した主な一次資料は、frontmatterのsourcesに挙げています。要点の要約にとどめているので、細かい実験条件や数値は、各論文の原典で確かめてください。

Sources — 参考文献・原典

※リンク先で、研究の対象や条件を確かめられます。研究結果をすべての植物や状況に当てはめられるとは限りません。